連詩pw30「身投げする音」


身投げする音 声帯から耳管へ 耳管から脳幹へと身投げする音 海へと身投げする音 東京都庁45階から ダブルベッドから 身投げする音 線路へ 高濃度放射線の中へ 草いきれへ 微笑みへ あらゆる断崖から 未知へと飛ぶ音 無音の中へ身を投げる その1音
(身投げする音1・七尾旅人

ひとつの音。いくつもの動機、いくつもの死に方、いくつものやり直し。内側、外側。わかること、わからないこと。いのちの「無数」が最後はひとつになって、この地面だ。一緒に踊ってきた見えない体を投げる。次のステップに迷う可愛いおしりを叩くのはだれ?
(身投げする音2・福間健二

水晶の崖で少年の耳は稚い翼。飛翔と墜落のジグザグの記譜。見えない音の痛み。波立つたび母は、モデラート・カンタービレ、無音で唱える。船渠の島で、赤子みたいに鳴く海鳥の、皿形の巣を踏まないように歩く。「まだ終わってないよ」耳が読んだことばを声に出して言う。
(身投げする音3・バンバサナエ)

すってはいてすってはいて。しっかりとリボンを結んだ足首の、乙女の店の店員たちが吐き出す音。羽を呑み込まれた蝶は、ものともせずに踊る。からだ中に印された符が導くつま先。踊る理由はいらないよ。それなのに、今更ながら怖気づく。わたしならどうする?
(身投げする音4・はだおもい)

ヘビトンボの季節に五人の処女は次々に自殺する。仕組まれた、あるいは自分で仕組んだプログラム、この世の二重らせんの、際限もなく押しよせる波。笑顔の輝き、きみの眼差しの奥に隠された沈思、空を飛ぶ足首のくびれ。きみたちはきれいだ、きれいだ、きれいだ。
(身投げする音5・水島英己)

さあ、顔をあげる瞬間のさみしさに ブラシをあてなさい ねじを巻く日々のしずけさにも ブラシをあてなさい 飛ぶもののすべてが 太陽になってしまう境界は すでに玄関を焼きはじめている 壁のような瞳を愛する心で この路地の神様の袖口を 照らしてみようか
(身投げする音6・久谷雉)

そのとき僕ら炎に囲まれようと ふり返らないでいられるだろう ただの鳴りならやみもする ふたつの望みにまたがって遊び抜いた僕らなら もう肉は要らないな 騒がしいのはきまって向こうがわ 非知をてに 骨だけはぬかれないでいるから 君がすべてを拾えばいいさ
(身投げする音7・広瀬鈴)

遮断機がゆっくりと風景を切り取っていく
一定のリズムを刻む警告音に鼓動を掻き消されて
轢断される関係性に
ただ唇を噛んだ
行き過ぎる列車は観測上の密室を作り上げ
その後に不在と実在を問いかける
永遠に等しい 1分という隙間に
飛び込んだ 静謐を
(身投げする音8・二匹の猫は互いに同時に存在す)

遠い遠い理想へ身を投げる。飛翔する翼を持ち蹲る世界の精神。シュレディンガーは未だ来ない。ζ関数は風、自らの渦の中に輝く。あの星雲の果てに微笑む未来とhuman-logic。open-systemと輪転し、ドアを開くのは君。境界を超えるのは君。
(身投げする音9・宮岡絵美)

深夜25時の夜咄。痛みを失った少年少女。線路を抜ける風に心を運ばせ、セーラー服は揺れる。繋いだ手の間にあるのは悲しみなんかじゃない。だから、まだ大丈夫。悲しみだけの世界でないなら生きていける。踏み切りの音、祝福の鐘に、片手で掴んだ花束を投げつけて、
(身投げする音10・雨音)

17才 花束の畑を通りぬけ、蝉の羽溜まりがあり、靴を揃え 靴下をぬいでは 古い藤椅子に沈んだ。足首のリボンは揺れ 犬は眠り 唇はぷちんと破れた。「さよなら」と、17才はハーブティーの、セージをすすり 30匹の犬は 空の下 みんな茶摘みに行った。
(身投げする音11・みいとかろ)

足首の内側をごくごく叩いて泥のなかを羽ばたいて産んでいく丸い石がご家族は何人? 聞き取れなかった言葉をかぶれてうすくなった夏に細くふりまかれ途切れ途切れの火傷の痕がのびる空の下までカーブミラーをかけ登る道へ放り出されてはひとつひとつとこびりついていく
(身投げする音12・島野律子)

手紙です。その音に夏がよみがえる。死者たちの雲に風とひかりを集める。海峡を越えた家族が黒い磯に並ぶ。音を閉じ込めた壷。数万の舟に牡蠣の夢を沈めた入江。教室から始まる旅の音信は乳色に染まる。せめて、それを音となし、わたくしの内部を海で満たせ、と伝える。
(身投げする音13・小山伸二)

家族構成―母(充分)。祖父(秋のたよりをみつける)。私(多摩・武蔵野検定2級)、祖母(組織に属している)。弟(私)。叔父(情報過多)。
(身投げする音14・副羊羹書店)

どこぞのおとながおこられた。ダッシュで逃げた。新幹線より速い。あなたの声はやさしい。糸電話の振動が心地よくて、うとうとしてうっとりしながら眠る。 食卓メモ:ノックは三回 叫ぶのに許可はいらない かりんとうがもうない そりゃないぜBABY
(身投げする音15・ソコノロニコ)

横断歩道に気をつけて。朝顔のつるで首をつるこどもたち、幾らでもコーシンを繰り返す。夏休みはまだ終わらない。お祭りの金魚は一匹ずつ道に並べてあげた。ぱくぱく口をあけその身を打ち付けるので、僕と妹とは手をつなぎ、僕らの番を待っている。
(身投げする音16・ブリングル)

どこかに鱗はついている 肩をつかむ手を振り切り 藻の輝きをいつか見た 空になった蜜壺は土手に埋め 残ったものはひび割れた喉 何を歌おう 何を語ろう
(身投げする音17・金子彰子)

銀の針を飲み込み、涙をこぼす魚のように囁くことに疲れ、夜が明ける。いくつもの朝の後、口を閉ざした耳に、ひとのものではないことばが聞こえてくる。やせた木、夢にうなされる鳥と風。移動することのない石。
(身投げする音18・須永紀子)

銀の針で雲と風を編んだ夏休み。夜が明けると郵便受けにシアン色の封筒が届いた。白い便箋にワープロの文字で「いつかまた会おう」と声の聞こえない永遠の嘘が一行。
(身投げする音19・kojima_kimiko)

夜明け。最初の光が薄暗い空から、カーテンをくぐって私の瞼に身投げした。眩しい! 急に夢から出てしまう。私はだらりと両腕の垂れた少女を抱え、まだ夢の道に立っている。深く頷くと、道の石だと思っていた物が次々輝き、小鳥になって飛び立ってゆく。窓を開けよう。
(身投げする音20・北爪満喜

その先は空中。轟音と爆風が足元から突き抜ける。小型軽飛行機のドアは開け放たれ 一歩踏み出せば 飛び立てる? あの日の少女は暁に吸い込まれる。瞬間は無音。永遠の嘘が真実になるまで。いしは内側からゆっくりと 目には見えない速度で形を変えてゆく。
(身投げする音21・nontan)

水晶体の中を魚が泳ぐ。雨が降り、人はいつもより湿っている。キリンの真似に失敗した母は、台所で誤って舌を噛んだのだった。むかし住んでいた街の方から、フルヤマ薬局のシャッターが閉まる音が聞こえる。明日を生きるために、皆、身投げをするのに忙しくしている。
(身投げする音22・たけだたもつ)

そんな忙しい夢から覚めたら59歳。家族も薬局のおじさんもいない。まるで浦島だな。でも数日を過ごしてみると、どうやら今は高齢化社会で周りは年長者だらけだ。詩人会なんかまるで老人会。美しく老いた元少女やダンディな白髪元少年に励まされ僕は還暦にダイブする。
(身投げする音23・山田兼士)

熊がいる 停車の度に熊がゆれる 吊革に退屈をあずける制服の少女 彼女たちは なぜ熊を鞄に飼育するのだ 傘の先から雨の滴が 過去や踵や神様がかさなりあう床に浸水する さよなら御茶ノ水駅 警笛の合図で神田川にダイブ 裂けた縫い目から恋を満腹し 笑う熊
(身投げする音24・鈴木博美

笑顔は無数の糸で縛られ、溜息と咆哮のユニゾンで身をよじる通話口に血の花が咲く。背骨に落雷。カシャリと一度だけ音を立て組みなおされた世界のチャンス。今度は背中に耳を留めて、さあ、聞いてあげる。彷徨える楽隊が花の声帯に音の栞を挟む季節がやっと来たのよ。
(身投げする音25・佐藤幸)

救世主なんていない。すがる事の終焉。チャンスを逃さず瞬間移動。着地点はどこ?勇者の称号をうけた小柄な彼女の歌声。直球Lyricとダイナミズムの中で踊れ。グルーヴに乗っかる深夜のパーティ。ダンスホールに永遠の時を与えよう。レコードがまわる。
(身投げする音26・さいとう_みわこ_)

まわる地球の記憶。無音の中に震える音楽。気づけば軌道上でダイブしている。これ本番ですか。戦火、街明かり、震災、薬局の看板、雷雨の閃き、伝えるべき事は正確に。今日と全ての痛ましい記念日に、一輪のコスモスを。希望をふわっと胸に浮かべ、旅路に鼓動を刻む。
(身投げする音27・樹葉上的月光撒點)

朝焼けが、疲弊しきった心臓へ今日のノルマを突きつける。私の体はひとつしかないのに。ヘッドフォンからは「全て抱えて走れ」と叫ぶ歌声と「魂の回転数を上げろ」とうねるギター。音の水槽に身を委ね微弱な鼓動をコーティングする。ディストーションの飛沫が上がった。
(身投げする音28・陶坂藍)

音の海へ、夏の終わりの海へ、星の海へ。はるかかなた、大気圏から宇宙に投げ出されるシャトル。飛行士は鼓動だけを聞いている。子宮から、母から、身を投げたこの体が発した最初の音と同じ。命をひびかせて旅ははじまっていく。
(身投げする音29・林明乎)

あうんの呼吸で。2音目は受け止める音。ほら見あげてごらんよ。小さな粒星がつながりあって、巨きな星座のハンモックを仕掛けた。だれのしもむだにはしない。慎也のタオルもみつからない。うん。終わってないね。だって、この星は。Still  blue,まだ青い。
(身投げする音30・宮尾節子)