「ノン+フィクション」古川日出男

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古川日出男のあくまでも我が道を行く姿勢がよくわかる一冊。エッセイ、ルポ、戯曲、旅行記、取材メモなどが収められている。古川本人があとがきで記しているように、本書は死蔵の原稿の寄せ集め、などではなく、記念すべき二十作目の著作である、作品としての。という古川の言葉に全面的に賛同する。

フィクションでもノンフィクションでも、古川の文章は、人間が移動することの描写がすごく魅力的。音楽や風を伴って疾駆する言葉の自由さ、瑞々しさにはいつも驚嘆する。だから本書の中でも特に、取材メモのつもりで書き始め、結局は一つの作品に昇華された「サウンドトラック・スケッチ」には痺れまくった。

僕が東京に住んでいた頃には、自宅の阿佐ヶ谷から会社のある浅草橋まで自転車で通っていた。流行りのクロスバイクで、始めておもちゃを買ってもらった子供みたいに、自転車を漕いでいること自体が楽しく、飽きもせず、一心不乱に近い精神状態で。朝の街道沿い、びゅんびゅん飛ばして行く車に巻き込まれないよう、神経をピリピリさせながら、何十メートル先に路駐してある車をきれいに回避する為には、このポイントで車線変更しておいたほうがいい、それには後ろから轟音で迫ってくるトラックが映るバックミラーの映像がこの位大きくなったら右手を出して合図しなければ、死だ、なんて大げさにイメージしながら。

サウンドトラック・スケッチ」の舞台は神楽坂だ。僕もこのエリアはくまなく回った。会社帰りに、見知らぬ土地を散策(というかおおげさに言って冒険か?)するのは楽しい。入り組んだ路地、自分には縁のない高級料亭、坂道。江戸川の方へ、そして橋・橋・橋だ。

そんな僕も知っている街の描写のあれこれが、僕が見て脳内で言葉にしたものとは雲泥の差でキラキラと輝く。全く別の景色を見てるんじゃないかと思うくらい魅力的に説明されていく。短いセンテンスを四つ打ちのリズムで刻みながら、的確に、街の輪郭を描いていくのだ。その手腕、というか肉体的な反射神経に唖然と、そして陶然としてしまう。
僕が自転車通勤しているときに最も読み返したのが古川日出男の小説だったことを思い出した、いま。

残念ながらAmazonのレビューが一件も無いのが淋しい。本書もまた、あの野心作「ロックンロール三部作」みたいに黙殺されてしまうのだろうか?


BGMは、こちらもまた我が道を突き進む昼海幹音の曲を。
ヒラマミキオ - 我は行く